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	<title>Kai Staff Blog ぎょうかん・もじかん</title>
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		<title>瀬川拓郎『コロポックルとはだれか―中世の千島列島とアイヌ伝説 』（新典社新書）</title>
		<link>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=3015</link>
		<comments>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=3015#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 May 2012 14:16:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>谷口雅春</dc:creator>
				<category><![CDATA[谷口雅春]]></category>
		<category><![CDATA[アイヌ]]></category>
		<category><![CDATA[コロポックル]]></category>
		<category><![CDATA[千島列島]]></category>
		<category><![CDATA[考古学]]></category>

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		<description><![CDATA[

考古学者瀬川拓郎さん（旭川市博物科学館主幹〕の話題の新刊『コロポックルとはだれか―中世の千島列島とアイヌ伝説 』(新典社新書）を読む。
瀬川さんは面食らうかもしれないけれど、読み進むうちに、村上春樹の『東京奇譚集』がしきりに思い起こされた。
本書で瀬川さんは、中世から蝦夷地や樺太などに伝わる「コロポックル伝説」の、大胆にしてロジカルな再検証を試みている。文章はきわめて平易で、しかも心地よくクールだ。
道産子であれば知らない人はいないだろう。コロポックルとは、蕗（フキ）の葉の下にいて、姿を見せないままときどきアイヌと交易をしていたと伝えられる、シャイな小人たちだ。
北海道でコロポックルはアイヌに先駆ける民だった―。いやそれはあくまで説話にすぎない、というコロポックルの実在をめぐる論争は、すでに明治期に決着がついていた。すなわち、コロポックルはあくまで伝説上のキャラクターなのだ、と。21世紀にいたっても、新たな発掘資料や文献はこの結論の再検討を求めるほど現れてはいない。だから今さらコロポックルなど、というのが学界の空気のようだ。
だがしかし、と考古学者はあえて立ち止まる。
瀬川さんは、コロポックルとは北千島アイヌのことではなかったかという仮説を立てながら、歴史の空白に焦点を当てて、今日あたう限りの資料をもってこの小人伝説を再構築していく。
北千島アイヌは、おそらく交易に際して姿を現さず、道東アイヌと声を交わすこともなかったのだろう（沈黙交易）。ゆえに道東アイヌは彼らと交易はしても交流まで至らなかった。情報不足のまま道東アイヌは北千島アイヌを、肌の色も言葉も通じない異人として伝えた。その過程で小人伝説は生まれたのではないか。
つまり小人とは、15世紀に北千島アイヌに進出してラッコ皮の交易に従事していた北千島アイヌがモデルだったのだ。興味深いことに、当のモデルである彼らには、小人伝説が伝わっていなかった。その事実こそが、彼らが小人のモデルであるであったことを物語っているにちがいない、と。
さて瀬川さんのテクストから村上春樹の『東京奇譚集』が想起されたのは、「事実をめぐる立ち位置と語り口」のことを改めて考えさせられたからだ。
『東京奇譚集』は、奇妙な偶然とも見える不思議な現実を主題とした５つの作品からなる短編集だ。作家は最初の作品「偶然の旅人」の冒頭で自ら登場しながら、偶然の出来事が個人に及ぼす意味や無意味について、さらには、意味を宙づりにしたまま事実を受け止めることの倫理的な態度について、読者に注意をうながす。
『コロポックルとはだれか』で瀬川さんは、元来は史実（歴史学）と伝説（エスノロジー）、そして大地の痕跡（考古学）を結んでいるはずのミッシングリンクを、何によって繋ごうとしているのだろう。それは、近代の学問の蓄積の上に「事実をめぐる立ち位置と語り口」のありようを自前で確かめながら、出来事にナラティブ（物語）の形を与えていくふるまいではないだろうか。ナラティブとは、単なる通俗的なフィクションのことではない。言ってみれば世界認識の枠組みのことだ。

それはまた、読者、とりわけ北海道の読み手に対して、土地の歴史や地縁への覚醒を呼びかけるメッセージといえるかもしれない。なんといっても瀬川さんは、学問の枠組みをしなやかに越境しながら、例えば１万年の景観史からこの島（北海道）をとらえ直そうとする人なのだ。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img class="alignleft size-medium wp-image-3023" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/05/コロポックルとは誰か21-198x300.jpg" alt="" width="198" height="300" />
<p style="text-align: justify">考古学者瀬川拓郎さん（旭川市博物科学館主幹〕の話題の新刊『コロポックルとはだれか―中世の千島列島とアイヌ伝説 』(新典社新書）を読む。</p>
<p style="text-align: justify">瀬川さんは面食らうかもしれないけれど、読み進むうちに、村上春樹の『東京奇譚集』がしきりに思い起こされた。</p>
<p style="text-align: justify">本書で瀬川さんは、中世から蝦夷地や樺太などに伝わる「コロポックル伝説」の、大胆にしてロジカルな再検証を試みている。文章はきわめて平易で、しかも心地よくクールだ。</p>
<p style="text-align: justify">道産子であれば知らない人はいないだろう。コロポックルとは、蕗（フキ）の葉の下にいて、姿を見せないままときどきアイヌと交易をしていたと伝えられる、シャイな小人たちだ。</p>
<p style="text-align: justify">北海道でコロポックルはアイヌに先駆ける民だった―。いやそれはあくまで説話にすぎない、というコロポックルの実在をめぐる論争は、すでに明治期に決着がついていた。すなわち、コロポックルはあくまで伝説上のキャラクターなのだ、と。21世紀にいたっても、新たな発掘資料や文献はこの結論の再検討を求めるほど現れてはいない。だから今さらコロポックルなど、というのが学界の空気のようだ。</p>
<p style="text-align: justify">だがしかし、と考古学者はあえて立ち止まる。</p>
<p style="text-align: justify">瀬川さんは、コロポックルとは北千島アイヌのことではなかったかという仮説を立てながら、歴史の空白に焦点を当てて、今日あたう限りの資料をもってこの小人伝説を再構築していく。</p>
<p style="text-align: justify">北千島アイヌは、おそらく交易に際して姿を現さず、道東アイヌと声を交わすこともなかったのだろう（沈黙交易）。ゆえに道東アイヌは彼らと交易はしても交流まで至らなかった。情報不足のまま道東アイヌは北千島アイヌを、肌の色も言葉も通じない異人として伝えた。その過程で小人伝説は生まれたのではないか。</p>
<p style="text-align: justify">つまり小人とは、15世紀に北千島アイヌに進出してラッコ皮の交易に従事していた北千島アイヌがモデルだったのだ。興味深いことに、当のモデルである彼らには、小人伝説が伝わっていなかった。その事実こそが、彼らが小人のモデルであるであったことを物語っているにちがいない、と。</p>
<p style="text-align: justify">さて瀬川さんのテクストから村上春樹の『東京奇譚集』が想起されたのは、「事実をめぐる立ち位置と語り口」のことを改めて考えさせられたからだ。</p>
<p style="text-align: justify">『東京奇譚集』は、奇妙な偶然とも見える不思議な現実を主題とした５つの作品からなる短編集だ。作家は最初の作品「偶然の旅人」の冒頭で自ら登場しながら、偶然の出来事が個人に及ぼす意味や無意味について、さらには、意味を宙づりにしたまま事実を受け止めることの倫理的な態度について、読者に注意をうながす。</p>
<p style="text-align: justify">『コロポックルとはだれか』で瀬川さんは、元来は史実（歴史学）と伝説（エスノロジー）、そして大地の痕跡（考古学）を結んでいるはずのミッシングリンクを、何によって繋ごうとしているのだろう。それは、近代の学問の蓄積の上に「事実をめぐる立ち位置と語り口」のありようを自前で確かめながら、出来事にナラティブ（物語）の形を与えていくふるまいではないだろうか。ナラティブとは、単なる通俗的なフィクションのことではない。言ってみれば世界認識の枠組みのことだ。</p>
<p style="text-align: justify"></p>
<p style="text-align: justify">それはまた、読者、とりわけ北海道の読み手に対して、土地の歴史や地縁への覚醒を呼びかけるメッセージといえるかもしれない。なんといっても瀬川さんは、学問の枠組みをしなやかに越境しながら、例えば１万年の景観史からこの島（北海道）をとらえ直そうとする人なのだ。</p>
<p style="text-align: justify"></p></p>
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		<item>
		<title>小西 和 『瀬戸内海論』 を読む</title>
		<link>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2995</link>
		<comments>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2995#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 16 Apr 2012 00:15:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>谷口雅春</dc:creator>
				<category><![CDATA[谷口雅春]]></category>
		<category><![CDATA[小西和]]></category>
		<category><![CDATA[志賀重昴]]></category>
		<category><![CDATA[風景]]></category>

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		<description><![CDATA[

かつて瀬戸大橋から夕暮れの瀬戸内海を望んだとき、自分が生まれ育った北海道と比べてなんと異質な風景だろうと、とても驚いた。
100年以上前、21世紀の道産子のこんな視点とは逆から郷土瀬戸内を再帰的に見いだした男がいた。四国は讃岐の人で札幌農学校に学んだ小西和（かなう）（1873～1947）だ。
美しい図版をふんだんに配した小西の『瀬戸内海論』（1911年）は、作者の北海道での学生生活や、札幌農学校の先輩である志賀重昴（しげたか）の『日本風景論』（1894年）に強く触発されて構想された、瀬戸内海をめぐる地理書にして民俗誌、あるいは緻密な産業経済論にして海洋論。今日ふれても驚くべき密度と駆動力を秘めた瀬戸内海の百科全書だ。
小西は農学校卒業後郷土からの入植者を率いて、現在の岩見沢市栗沢町に農場を開いた。その後東京朝日新聞の記者として日露戦争に従軍し、のちに衆議院議員を務める。議員時代の、北海道旧土人保護法（1899年）に対する孤高の反対でも知られる。
小西や志賀がいう「風景」とは、単なる風土の見えがかり（景観）のことではない。もっと身体的、歴史的、そして博物学的な「世界のとらえ方」であり、さらにそこには人間が土地との長い交わりのなかで醸（かも）してきた精神や霊性までもが含まれるだろう。
彼らには、日本のそうした「風景」を世界文明の中の固有の場所にどう配置するかという、近代国家の立ち上げを担う知識人の野心があった。彼らの発想の基盤に、若き日の「外地・北海道」での体験があったのは興味深い。
志賀重昴や小西和を知的に触発した「辺境」北海道の風景は、一方で近代人が新たに見いだした感傷ともとても相性が良かった。例えば国木田独歩の「空知川の岸辺」（1902年）の名高い一節。
「余は時雨の音の寂しさを知って居る。然し未だ曾て、（北海道の）原始の大森林を忍びやかに過ぎゆく時雨ほど寂しさを感じたことはない」。
そして島木健作の「地方生活」（1941年）にはこんな心象スケッチがある。
「北海道の自然の骨格は全く独特である。流氷を浮かべて死のように黙したオホーツク海に向かって一人立った時、根釧原野の一角に立って遠く近く走る野火を望み見たときの印象を私は忘れることができない。それは荒涼として世にも寂しきものだが、また人の心を永遠なるものに向かって呼び覚まさずにはいれない深さを持っているのである」
この春から、本誌写真家の露口啓二とともに、北海道の風景について考えをめぐらせている（朝日新聞・毎週水曜日夕刊・道内面「石狩川 風景への旅」）。
小西や志賀の論考、あるいは80年代の『日本近代文学の起源』（柄谷行人）や『表象批評宣言』（蓮實重彦）などを呼び戻すまでもなく、「風景」とは、外部世界がただ客観的に視覚野で認識される類いのものではない。それは、個人のまなざしと外部世界の境界域に結ばれる、物語や観念の網の目だ。駆動する近代の当事者であった小西や志賀の風景論の上に僕たちは、いまどんな「風景のトラベローグ」を綴ることができるだろう。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<img class="alignleft size-medium wp-image-2996" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/04/瀬戸内海論-221x300.jpg" alt="" width="221" height="300" />
<p style="text-align: justify">かつて瀬戸大橋から夕暮れの瀬戸内海を望んだとき、自分が生まれ育った北海道と比べてなんと異質な風景だろうと、とても驚いた。</p>
<p style="text-align: justify">100年以上前、21世紀の道産子のこんな視点とは逆から郷土瀬戸内を再帰的に見いだした男がいた。四国は讃岐の人で札幌農学校に学んだ小西和（かなう）（1873～1947）だ。</p>
<p style="text-align: justify">美しい図版をふんだんに配した小西の『瀬戸内海論』（1911年）は、作者の北海道での学生生活や、札幌農学校の先輩である志賀重昴（しげたか）の『日本風景論』（1894年）に強く触発されて構想された、瀬戸内海をめぐる地理書にして民俗誌、あるいは緻密な産業経済論にして海洋論。今日ふれても驚くべき密度と駆動力を秘めた瀬戸内海の百科全書だ。</p>
<p style="text-align: justify">小西は農学校卒業後郷土からの入植者を率いて、現在の岩見沢市栗沢町に農場を開いた。その後東京朝日新聞の記者として日露戦争に従軍し、のちに衆議院議員を務める。議員時代の、北海道旧土人保護法（1899年）に対する孤高の反対でも知られる。</p>
<p style="text-align: justify">小西や志賀がいう「風景」とは、単なる風土の見えがかり（景観）のことではない。もっと身体的、歴史的、そして博物学的な「世界のとらえ方」であり、さらにそこには人間が土地との長い交わりのなかで醸（かも）してきた精神や霊性までもが含まれるだろう。</p>
<p style="text-align: justify">彼らには、日本のそうした「風景」を世界文明の中の固有の場所にどう配置するかという、近代国家の立ち上げを担う知識人の野心があった。彼らの発想の基盤に、若き日の「外地・北海道」での体験があったのは興味深い。</p>
<p style="text-align: justify">志賀重昴や小西和を知的に触発した「辺境」北海道の風景は、一方で近代人が新たに見いだした感傷ともとても相性が良かった。例えば国木田独歩の「空知川の岸辺」（1902年）の名高い一節。</p>
<p style="text-align: justify">「余は時雨の音の寂しさを知って居る。然し未だ曾て、（北海道の）原始の大森林を忍びやかに過ぎゆく時雨ほど寂しさを感じたことはない」。</p>
<p style="text-align: justify">そして島木健作の「地方生活」（1941年）にはこんな心象スケッチがある。</p>
<p style="text-align: justify">「北海道の自然の骨格は全く独特である。流氷を浮かべて死のように黙したオホーツク海に向かって一人立った時、根釧原野の一角に立って遠く近く走る野火を望み見たときの印象を私は忘れることができない。それは荒涼として世にも寂しきものだが、また人の心を永遠なるものに向かって呼び覚まさずにはいれない深さを持っているのである」</p>
<p style="text-align: justify">この春から、本誌写真家の露口啓二とともに、北海道の風景について考えをめぐらせている（朝日新聞・毎週水曜日夕刊・道内面「石狩川 風景への旅」）。</p>
<p style="text-align: justify">小西や志賀の論考、あるいは80年代の『日本近代文学の起源』（柄谷行人）や『表象批評宣言』（蓮實重彦）などを呼び戻すまでもなく、「風景」とは、外部世界がただ客観的に視覚野で認識される類いのものではない。それは、個人のまなざしと外部世界の境界域に結ばれる、物語や観念の網の目だ。駆動する近代の当事者であった小西や志賀の風景論の上に僕たちは、いまどんな「風景のトラベローグ」を綴ることができるだろう。</p>
<p style="text-align: justify"></p>
<p style="text-align: justify"></p></p>
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		</item>
		<item>
		<title>「北の土偶」展に行ってきました。</title>
		<link>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2970</link>
		<comments>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2970#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 07:17:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>柴田美幸</dc:creator>
				<category><![CDATA[柴田美幸]]></category>
		<category><![CDATA[世界遺産]]></category>
		<category><![CDATA[北海道]]></category>
		<category><![CDATA[土偶]]></category>
		<category><![CDATA[縄文]]></category>
		<category><![CDATA[開拓記念館]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2970</guid>
		<description><![CDATA[
3月6日から5月13日まで、北海道開拓記念館で開催されている「北の土偶～縄文の祈りと心」展へ行ってきました。
国宝に指定された3体の土偶が一堂に会するのは珍しいのだとか。
特に3月6日から18日までは3体とも本物が展示されるとあって、
最初の1週間は1時間近く並んで入るほどの状態だったようです。
私が行ったときは、混雑はしていましたが、スムーズに入ることができました。

中は撮影できないので、入り口なんです。

このあいだ「北海道と北東北の縄文遺跡群」の、世界遺産登録を目指す会が結成されたというニュースもありました。
現在、ユネスコの暫定一覧表に記載されるところまで進んでいますが、さらに推し進めるべく活動が始まっています。
ちなみに、北海道代表の、国宝にもなった「中空土偶」（函館市出身）は、足長さんで日本人離れしたスタイルの持ち主です。
…というか、土偶というものは、そのほとんどが人間離れした外見なんですが。
それはなぜなのか、は、実際に足を運んで確かめてみていただければと思います（逃…）。
なかには思わず笑っちゃうようなかわいいのやへんなのもいます。
私のお気に入りは、根室出身の手のカタチに特徴がある子です。
すごいと思ったのは、土偶じゃありませんが、宮城出身の小さな小さな骨偶です。
本当に細かく丁寧に作られていますので、これから行かれる場合はぜひご確認を。

ホールには、中空土偶の顔だしパネルが置かれていて、自由に記念撮影できます。
グッズも豊富にあり、一筆箋や、土偶のレプリカなんていうのも売られていました。

2階へあがる途中の階段からホールを撮影。
上のほうに顔だしパネルが見えます。
今回撮ってみて初めて、床に葉っぱのような模様がついていたことに気付きました（何度も行ってるはずなのに…）。

4月14日から、今まで複製だったものが本物に入れ替えられるものがあり、
なかには室蘭出身の土偶など、普段本物をあまり見られない土偶もあるそうです。
これから外を出歩くのに、気持ちのよい季節がやってきます。
国宝はもう見たという方も、リピートしてみてはいかがでしょう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
3月6日から5月13日まで、北海道開拓記念館で開催されている「北の土偶～縄文の祈りと心」展へ行ってきました。<br />
国宝に指定された3体の土偶が一堂に会するのは珍しいのだとか。<br />
特に3月6日から18日までは3体とも本物が展示されるとあって、<br />
最初の1週間は1時間近く並んで入るほどの状態だったようです。<br />
私が行ったときは、混雑はしていましたが、スムーズに入ることができました。<br />
<a rel="attachment wp-att-2971" href="http://www.kai-hokkaido.com/blog/?attachment_id=2971"><img class="alignnone size-large wp-image-2971" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/04/TS3Q0222-543x725.jpg" alt="" width="543" height="725" /></a><br />
中は撮影できないので、入り口なんです。<br />
<br />
このあいだ「北海道と北東北の縄文遺跡群」の、世界遺産登録を目指す会が結成されたというニュースもありました。<br />
現在、ユネスコの暫定一覧表に記載されるところまで進んでいますが、さらに推し進めるべく活動が始まっています。<br />
ちなみに、北海道代表の、国宝にもなった「中空土偶」（函館市出身）は、足長さんで日本人離れしたスタイルの持ち主です。<br />
…というか、土偶というものは、そのほとんどが人間離れした外見なんですが。<br />
それはなぜなのか、は、実際に足を運んで確かめてみていただければと思います（逃…）。<br />
なかには思わず笑っちゃうようなかわいいのやへんなのもいます。<br />
私のお気に入りは、根室出身の手のカタチに特徴がある子です。<br />
すごいと思ったのは、土偶じゃありませんが、宮城出身の小さな小さな骨偶です。<br />
本当に細かく丁寧に作られていますので、これから行かれる場合はぜひご確認を。<br />
<br />
ホールには、中空土偶の顔だしパネルが置かれていて、自由に記念撮影できます。<br />
グッズも豊富にあり、一筆箋や、土偶のレプリカなんていうのも売られていました。<br />
<a rel="attachment wp-att-2972" href="http://www.kai-hokkaido.com/blog/?attachment_id=2972"><img class="alignnone size-medium wp-image-2972" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/04/TS3Q0224-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a><br />
2階へあがる途中の階段からホールを撮影。<br />
上のほうに顔だしパネルが見えます。<br />
今回撮ってみて初めて、床に葉っぱのような模様がついていたことに気付きました（何度も行ってるはずなのに…）。<br />
<br />
4月14日から、今まで複製だったものが本物に入れ替えられるものがあり、<br />
なかには室蘭出身の土偶など、普段本物をあまり見られない土偶もあるそうです。<br />
これから外を出歩くのに、気持ちのよい季節がやってきます。<br />
国宝はもう見たという方も、リピートしてみてはいかがでしょう。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>北海道のおもてなし本！</title>
		<link>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2958</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 13:01:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>佐藤守功</dc:creator>
				<category><![CDATA[佐藤守功]]></category>

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		<description><![CDATA[
『サービス三流なんて言わせない！　新・北海道流おもてなし』（佐藤あけみ著）が3月23日に北海道新聞社より発売になります。

サービス業での接客、マナーについてはもちろんのこと、イントロダクションに添えられた「北海道に住む私たち一人ひとりが『北海道』という大地をを形成する一部分であり〜〜」、これは本著全体に流れるコンセプトです。様々なコミュニケーションから生まれる可能性を著者の分厚い経験談を通して軽快に示唆しているこの本は、業種に偏らずいまの北海道をいろいろな角度から見せてくれます。



カイ創刊第2号（p32）の中で本誌ライター谷口雅春さんが「青き家郷（パトリ）へ。」と題してこのようなことを記しています。「米村喜男衛や午来昌の行動の原点には、つねに郷土への取り組みと問いかけがあった。その大地は単なる消費や投資の対象ではなく、自分が自分であり続けるために拠って立つ、揺ぎのない場所。ほかのどの土地をもってしても振り替えることができない、世界と自分の関わりの根幹だ。」

佐藤あけみさんのこの著書から「パトリ」とは？とあらためて問いかけられるのです。

この問題作には“ゆるキャラ”が登場して気分を盛り上げてくれます。見事に表現されたのは、ゆるキャライラストレーター・ヨウコングさん、デザインは私、担当させていただきました。ぜひ、みなさま、ご一読を！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
『サービス三流なんて言わせない！　新・北海道流おもてなし』（佐藤あけみ著）が3月23日に北海道新聞社より発売になります。<br />
<br />
サービス業での接客、マナーについてはもちろんのこと、イントロダクションに添えられた「北海道に住む私たち一人ひとりが『北海道』という大地をを形成する一部分であり〜〜」、これは本著全体に流れるコンセプトです。様々なコミュニケーションから生まれる可能性を著者の分厚い経験談を通して軽快に示唆しているこの本は、業種に偏らずいまの北海道をいろいろな角度から見せてくれます。<br />
<br />
<a rel="attachment wp-att-2960" href="http://www.kai-hokkaido.com/blog/?attachment_id=2960"><img class="alignnone size-medium wp-image-2960" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/03/120316おもてなし本1-226x300.jpg" alt="" width="226" height="300" /></a><br />
<br />
カイ創刊第2号（p32）の中で本誌ライター谷口雅春さんが「青き家郷（パトリ）へ。」と題してこのようなことを記しています。「米村喜男衛や午来昌の行動の原点には、つねに郷土への取り組みと問いかけがあった。その大地は単なる消費や投資の対象ではなく、自分が自分であり続けるために拠って立つ、揺ぎのない場所。ほかのどの土地をもってしても振り替えることができない、世界と自分の関わりの根幹だ。」<br />
<br />
佐藤あけみさんのこの著書から「パトリ」とは？とあらためて問いかけられるのです。<br />
<br />
この問題作には“ゆるキャラ”が登場して気分を盛り上げてくれます。見事に表現されたのは、ゆるキャライラストレーター・ヨウコングさん、デザインは私、担当させていただきました。ぜひ、みなさま、ご一読を！！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>恒例の「ツンドラカフェ」に行ってきました。</title>
		<link>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2934</link>
		<comments>http://www.kai-hokkaido.com/blog/?p=2934#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 05:08:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>柴田美幸</dc:creator>
				<category><![CDATA[柴田美幸]]></category>
		<category><![CDATA[アリュートル]]></category>
		<category><![CDATA[カムチャツカ]]></category>
		<category><![CDATA[ツンドラ]]></category>
		<category><![CDATA[北大]]></category>
		<category><![CDATA[北方]]></category>
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		<category><![CDATA[北海道大学]]></category>

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		<description><![CDATA[
自分にとっては3回目となる「ツンドラカフェ」が、2月26日（日）に開催されました。
北海道大学の「北方研究教育センター」というところが主宰していて、
人文・社会科学総合教育研究棟の教室で行われています。
前にも書きましたが、カタい名前に反して（というと語弊がありますかね）、
紅茶とジャム、お菓子が用意されていて、まったりとした雰囲気。
もちろん誰でも参加OKで、難しい話はあまりありません（たまにはありますけど）。

今回は、いつにもまして楽しみな会でした。
というのも、アリュートル民族の方がいらっしゃって、伝統的な音楽を聞かせてくれるというからです。
アリュートル民族は、カムチャツカ半島に住んでいる人たち。
そういう方々に普通なかなか会えないですし、
ましてや本場の音楽なんて聞けないでしょう。もう行くしかないでしょう！
会場はいつもと違い、北大でも歴史ある、白い木の壁が印象的な古河講堂。
（と、ここで写真を入れるべきですが、撮ってなかった…甘いですね）
前は何度も通っていますが、初めて中に入りました。
いきなり明治時代にタイムスリップです。
ミシミシいう木の扉や柱にある細工など、昔のものは細部に凝っていていいなあ。
（注・普段見学では入れません。今も教室として使われているのです）

この日は朝から雪が激しく風も強かったので、あまり人はいないかと思いきや、教室には人がびっしり。
なんとか空いているところに着席できました。
本日の主役、リディア・チュチュリナさんは黒板の前で待機しています。

ビーズのついた民族衣装を着て、足にはトナカイの毛皮とアザラシの革の靴底のブーツ。
とっても小さい方だというのもありますが、なんともかわいい。
しかし歌い出すと、力強くお腹の底に響くような声です。迫力があります。

トナカイ革のドラムをたたきながら歌っています。
そのほか動物の動きや声を模写した踊りなど、アイヌの人にも共通したところがあるみたいです。
印象的だったのは、1人の人に1つの歌が必ずあって、それは誰のものでもなく、
その歌を歌えば誰のものかが分かる、というお話でした。
楽譜や文字はない（現在は普段ロシア語を話していますが）ので、口承で伝えられていくわけです。
「自分だけの歌」があるなんて、なんて素敵なんだろう。

最後にはみんなで踊りを教えてもらって踊りました。（さすがにその最中は写真撮れなかったです…）
知らない人同士なのに、一体感が生まれて、とても楽しい時間でした。
なにより、リディアさんがとてもチャーミングな方でした。言葉がわからなくても、そういうことってわかるものなんですね。

締めに、モノ好きの私が食らいついた一品をご紹介。
これを見たとき衝撃が走りました…。

クマがくわえているのはシャケ…じゃなくて、アザラシ!! さすが、ワイルド具合が北海道の木彫りのクマと一段違います。
アザラシの無表情がまたなんともシュールな…。そしてなぜ、大きさの比率がシャケと同じなのか…。
ツッコミどころは満載ですが、いとおしくなる逸品です。
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自分にとっては3回目となる「ツンドラカフェ」が、2月26日（日）に開催されました。<br />
北海道大学の「北方研究教育センター」というところが主宰していて、<br />
人文・社会科学総合教育研究棟の教室で行われています。<br />
前にも書きましたが、カタい名前に反して（というと語弊がありますかね）、<br />
紅茶とジャム、お菓子が用意されていて、まったりとした雰囲気。<br />
もちろん誰でも参加OKで、難しい話はあまりありません（たまにはありますけど）。<br />
<br />
今回は、いつにもまして楽しみな会でした。<br />
というのも、アリュートル民族の方がいらっしゃって、伝統的な音楽を聞かせてくれるというからです。<br />
アリュートル民族は、カムチャツカ半島に住んでいる人たち。<br />
そういう方々に普通なかなか会えないですし、<br />
ましてや本場の音楽なんて聞けないでしょう。もう行くしかないでしょう！<br />
会場はいつもと違い、北大でも歴史ある、白い木の壁が印象的な古河講堂。<br />
（と、ここで写真を入れるべきですが、撮ってなかった…甘いですね）<br />
前は何度も通っていますが、初めて中に入りました。<br />
いきなり明治時代にタイムスリップです。<br />
ミシミシいう木の扉や柱にある細工など、昔のものは細部に凝っていていいなあ。<br />
（注・普段見学では入れません。今も教室として使われているのです）<br />
<br />
この日は朝から雪が激しく風も強かったので、あまり人はいないかと思いきや、教室には人がびっしり。<br />
なんとか空いているところに着席できました。<br />
本日の主役、リディア・チュチュリナさんは黒板の前で待機しています。<br />
<a rel="attachment wp-att-2935" href="http://www.kai-hokkaido.com/blog/?attachment_id=2935"><img class="alignnone size-medium wp-image-2935" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/03/TS3Q0211-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a><br />
ビーズのついた民族衣装を着て、足にはトナカイの毛皮とアザラシの革の靴底のブーツ。<br />
とっても小さい方だというのもありますが、なんともかわいい。<br />
しかし歌い出すと、力強くお腹の底に響くような声です。迫力があります。<br />
<a rel="attachment wp-att-2936" href="http://www.kai-hokkaido.com/blog/?attachment_id=2936"><img class="alignnone size-medium wp-image-2936" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/03/TS3Q0214-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a><br />
トナカイ革のドラムをたたきながら歌っています。<br />
そのほか動物の動きや声を模写した踊りなど、アイヌの人にも共通したところがあるみたいです。<br />
印象的だったのは、1人の人に1つの歌が必ずあって、それは誰のものでもなく、<br />
その歌を歌えば誰のものかが分かる、というお話でした。<br />
楽譜や文字はない（現在は普段ロシア語を話していますが）ので、口承で伝えられていくわけです。<br />
「自分だけの歌」があるなんて、なんて素敵なんだろう。<br />
<br />
最後にはみんなで踊りを教えてもらって踊りました。（さすがにその最中は写真撮れなかったです…）<br />
知らない人同士なのに、一体感が生まれて、とても楽しい時間でした。<br />
なにより、リディアさんがとてもチャーミングな方でした。言葉がわからなくても、そういうことってわかるものなんですね。<br />
<br />
締めに、モノ好きの私が食らいついた一品をご紹介。<br />
これを見たとき衝撃が走りました…。<br />
<a rel="attachment wp-att-2939" href="http://www.kai-hokkaido.com/blog/?attachment_id=2939"><img class="alignnone size-large wp-image-2939" src="http://www.kai-hokkaido.com/blog/wp-content/uploads/2012/03/TS3Q0216-725x543.jpg" alt="" width="725" height="543" /></a><br />
クマがくわえているのはシャケ…じゃなくて、アザラシ!! さすが、ワイルド具合が北海道の木彫りのクマと一段違います。<br />
アザラシの無表情がまたなんともシュールな…。そしてなぜ、大きさの比率がシャケと同じなのか…。<br />
ツッコミどころは満載ですが、いとおしくなる逸品です。</p>
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